全ての始まりは、一本の美しいホスタ(ギボウシ)の苗を、庭の一番日当たりの悪い、湿った場所に植えたことでした。私は、その半日陰の空間を、みずみずしい葉で彩ってくれることを期待していました。しかし、その場所は、私だけでなく、別の生き物にとっても、最高の楽園となる運命だったのです。植えてから数日後、柔らかい若葉に、小さな穴が開いているのを見つけました。最初は、バッタか何かの仕業だろうと、軽く考えていました。しかし、その穴は、日を追うごとに、数を増やし、大きくなっていきました。葉の縁は、まるでレース編みのように、ギザギザに食い荒らされています。そして、ある雨上がりの朝、私は、その犯人の正体を目の当たりにしました。まだ薄暗い庭で、あのホスタの葉の上に、大小様々な、おびただしい数のナメクジが、まるで集会でも開いているかのように、群がっていたのです。その光景は、ホラー映画の一場面さながらで、私は思わず声を上げそうになりました。私のささやかな庭が、静かなる侵略者たちによって、完全に占拠されてしまった。その事実が、私のガーデニングへの情熱を、一瞬で萎えさせました。その日から、私とナメクジとの、長い戦いが始まりました。夜、懐中電灯を片手に庭に出て、割り箸で一匹ずつ捕獲する日々。ビールトラップを仕掛ければ、翌朝には容器の中が黒い塊で満たされました。しかし、彼らの数は、まるで無限であるかのように、一向に減る気配がありません。そして、被害はホスタだけでなく、隣に植えたばかりのマリーゴールドの新芽や、大切に育てていたイチゴの赤い実にも、着実に広がっていきました。もう、きれいごとでは済まされない。そう決意した私は、ついに園芸店に走り、ナメクジ専用の駆除剤を購入しました。青い粒状の薬剤を、植物の株元にパラパラと撒いた時の、あの複雑な気持ちは、今でも忘れられません。自然を愛する自分が、化学の力で、別の自然の命を奪う。その矛盾に、少しだけ胸が痛みました。数日後、庭からナメクジの姿は消えましたが、私の心には、大きな教訓が残りました。それは、植物を育てるということは、ただ美しい花を咲かせるだけでなく、その場所の生態系全体と向き合うことなのだ、ということでした。
我が家の庭がナメクジに占拠された日