ナメクジに塩をかけると、みるみるうちに縮んで、まるで溶けてしまったかのように見える。この、誰もが知っている現象は、子供の頃の理科の実験を思い起こさせる、非常に興味深い生命の神秘の一つです。しかし、彼らが本当に「溶けている」わけではありません。その劇的な変化の裏には、「浸透圧」という、極めて強力な科学的な力が働いているのです。この現象を理解するためには、まず、ナメクジの体の構造を知る必要があります。ナメクジの体は、その約八十五パーセント以上が水分で構成されており、その体は、水分を自由に通すことができる、非常に薄く、半透性の皮膚(体表)で覆われています。この皮膚が、細胞膜のような役割を果たしているのです。一方、私たちの細胞の中や、ナメクジの体内には、様々な物質が溶け込んだ体液があり、一定の濃度が保たれています。ここに、高濃度の物質、すなわち「塩(塩化ナトリウム)」が登場します。ナメクジの体に塩が付着すると、体の「外側(塩)」と「内側(体液)」とで、極端な濃度の差が生まれます。すると、水という物質が持つ、「濃度の低い方から、高い方へと移動して、両方の濃度を均一にしようとする」という、自然界の法則「浸透圧」が、猛烈な勢いで働き始めます。ナメク-ジの体を隔てる半透性の皮膚は、水は通しますが、塩の粒子は通しにくいため、体内の水分だけが、濃度の高い外側の塩の方へと、一方的に、そして急速に吸い出されていくのです。これが、ナメクジが塩をかけられると、一瞬にして水分を失い、脱水症状で縮んでしまうメカニズムです。彼らは溶けているのではなく、体の水分を根こそぎ奪われて、干からびてしまっている、というのが正確な表現です。この浸透圧の力は、私たちが野菜に塩を振って、水分を出す「塩もみ」や、キュウリやナメクジに塩をかけるのと同じ原理です。ナメクジの悲劇は、私たちの食卓にも応用されている、身近な科学現象の一つなのです。
ナメクジが塩で溶ける科学的な理由