家の中で遭遇する小さい蛾。その存在は、キッチンとクローゼットという、私たちの生活の根幹を支える二つの聖域が、見えない脅威に晒されていることを示す警告です。飛んでいる成虫を退治しても、問題の根源である「卵」を断たなければ、その被害は静かに、しかし確実に広がっていきます。まず、キッチンやパントリーで発生する蛾の正体は、その多くが「ノシメマダラメイガ」です。彼らの主戦場は、私たちが保管している乾燥食品です。メスの成虫は、米や小麦粉、そうめんやパスタ、シリアル、チョコレート、ペットフードといった、実に様々な食品に、非常に小さく、白っぽい卵を産み付けます。卵は微細なため、肉眼での発見は極めて困難です。孵化した幼虫(イモムシ状)は、その食品を食べて成長し、ネバネバとした糸を吐き出します。もし、食品の袋の中で、粉が蜘蛛の巣のように固まっていたら、それは幼虫が活動している明確なサインです。一方、クローゼットやタンス、押し入れを支配するのは、「イガ」や「コイガ」といった衣類害虫です。こちらの成虫もまた、暗がりを好み、大切な衣類に卵を産み付けます。彼らの幼虫の好物は、ウールやカシミヤ、シルクといった動物性繊維に含まれる「ケラチン」というタンパク質です。私たちの高級なセーターやコートは、彼らにとって極上のご馳走なのです。衣類の卵も非常に小さく、繊維の奥深くに産み付けられるため、発見は困難を極めます。しかし、彼らの発生には、必ず「目に見えない汚れ」が関係しています。一度でも袖を通した衣類に付着した汗や皮脂が、幼虫を呼び寄せる原因となるのです。これらの蛾の卵への対策は、発生源の特定と、適切な処理に尽きます。食品の場合は、被害にあった食品を潔く廃棄し、保管棚を徹底的に清掃・除菌する。衣類の場合は、被害にあった服を熱処理(五十度以上のお湯や、高温乾燥機、アイロンのスチーム)で殺卵・殺虫し、クローゼット全体を清掃した上で、防虫剤を正しく設置する。キッチンとクローゼット、それぞれの戦場で、正しい知識を持って対処することが、被害の連鎖を断ち切るための鍵となります。