ネズミが媒介する病気と聞いて、多くの人がサルモネラ症などを思い浮かべるかもしれませんが、それら以上に重篤で、時に命に関わる、しかし一般にはあまり知られていない危険な感染症が存在します。それが、「レプトスピラ症」です。この病気は、特に水回りや湿った環境を好む「ドブネズミ」が、主要な感染源となります。レプトスピラ症の病原体であるレプトスピラ菌は、感染したネズミの腎臓に定着し、尿と共に大量に排出されます。そして、この菌は、水中や湿った土壌の中で、数週間にわたって生き延びることができるという、非常に厄介な性質を持っています。感染経路は、主に二つ考えられます。一つは「経皮感染」です。レプトスピラ菌に汚染された水や土壌に、皮膚の小さな傷や、あるいは粘膜(目や口、鼻など)が直接触れることで、菌が体内に侵入します。例えば、ネズミの尿で汚染された可能性のある、家庭菜園の土を素手で触ったり、洪水や冠水で汚染された水に浸かったりすることで感染するリスクがあります。もう一つは「経口感染」です。ネズミの尿やフンで汚染された食品や水を、知らずに口にしてしまうことで感染します。キッチンを徘徊するネズミが、食品や食器に尿をかけていく可能性は、十分に考えられます。レプトスピラ症の症状は、感染してから五日から十四日程度の潜伏期間を経て、突然の発熱(三十八度から四十度)や、悪寒、頭痛、筋肉痛、目の充血といった、インフルエンザによく似た症状で始まります。しかし、重症化すると、これらに加えて、黄疸や、出血(鼻血や血痰など)、そして腎機能障害といった、特徴的な症状が現れます。これは「ワイル病」と呼ばれ、適切な治療が遅れると、致死率は五パーセントから三十パーセントにも達する、非常に危険な状態です。ネズミのフンを見つけた、特にそれが水回りや湿った場所で、比較的大きいものであった場合は、ドブネズミの存在を疑い、このレプトスピラ症のリスクも念頭に置く必要があります。手洗い・うがいを徹底し、食品の管理を厳重にすると同時に、一刻も早く、根本原因であるネズミの駆除を行うことが、このあまり知られていない、しかし恐ろしい病気から身を守るための、最も重要な対策となるのです。
レプトスピラ症というあまり知られていない病気